【PROFILE】 ●川内 敏夫 (カワウチ トシオ) ●1946年 新津市生まれ ●1965年3月新潟県立新潟商業高等学校卒業後、 石油元売会社勤務を経て、独立 ●1975年 川内自動車設立。タイヤ・バッテリー用品販売の「カーメイト」オープン ●1976年 整備工場新設 ●1984年 株式会社に組織変更 ●趣味 つり・温泉めぐり ●座右の銘「真実一路」
下記インタビュー記事は株リクルート社の「新潟県を代表するトップインタビュー2005」に掲載されたもの。
◆すべては周囲の人のため。幼い頃からの夢を叶えて起業。 「会社を興したい」と川内社長が決意したのは小学校6年生の頃、社長として成功した叔父に憧れ、その人徳の高さに感銘したからだという。 「自分のためではなく、周りのために働きたい。みんなによくしてやりたい」という叔父の口癖が、そのまま川内社長のものになった。 当時は折しもモータリゼーションの時代。社会を学ぶために入社した石油元売会社でその動きを実感して、23歳で独立。車用品の販売とサービスを始めた。 「資本がないので無店舗、車一台に商品を積んで、会社や学校を回りましたね。御用聞きのスタイルです。いろいろ声をかけていただいて、パンクの修理やバッテリー交換など何でもやりました。お客様に育てていただいたようなものです、ありがたいですよね」やがて顧客は600名を超えた。そして、独立から5年目、整備工場を建て、念願の車の販売を始める。川内社長28歳、社員は4人の新しいスタートであった。 ◆車のことなら何でも叶う「車の総合商社」としての存在感で幅広い顧客の支持を集める。 現在の同社は、車の販売を核として、サービス・鈑金・保険まで、車に関することなら何でもかなう『車の総合商社』として、顧客の支持を集めている。 「目指すのは、新潟県下での総合力一番店。地元新津市近郊20万商圏はもとより、県内でもっとも支持されるお店でありたい」という言葉を実証するように、平成15年度の車両販売台数・車検台数はともに約2000台、鈑金台数は約1500台、ユーザー管理台数は約1万台。売上高は5年連続で右肩上がりを示している。「車に関することならここにくれば何でもわかる、できるという会社作りをしています。すべてはお客様のために、お客様が自由に選んで決められるようにしたいのです。だから、特定ディーラーの傘は借りません。これが生涯顧客を作る唯一の方法だと考えるからです」 同質で緊密なサービスの提供のためには、顧客増と比例させて、店舗拡大・新出店を行い、現在では、新潟県内外に16店舗を展開している。 一度の来店を一生の付き合いに変える同社の理念・戦略の成功の証である。 ◆顧客も社員も笑顔になれる理想の会社を作り続けたい。 「自分が理想と考える会社を作りたくてここまでやってきました。お客様のために、社員のために何ができるかと考えながらの30年でした。今後も多くの人の信頼に応え、サービスを提供し続けなくてはと思います。さらに100年続く会社でなくては、と。そのために、社内組織・人事制度を改めました。世代交代の準備も始めています」 現在は、まず、地域で圧倒的な一番店となるために、バリューチェーンを育て、現在の2倍の規模をめざす。社員を独立させてグループ化を図る構想もある。 また、誇りの証として店頭公開も視野に入れている。 「お客様に満足していただくためには社員も幸せでなければ。これからは、働き方を選べる会社、定年のない会社、力のあるものは独立できる会社、 人のために道をあけられる社員を評価できる会社を作っていきたいですね。 社員一人ひとりがオーダーメイドの幸せを得られることも社長としての大切な仕事だと思っています。 そうした環境が会社の活力を生んでいくのですから」 ◆大切なのは何よりも継続力。夢を抱き続けて実現させよう、ここは自己実現の場所なのだ。 「若い人に伝えたいのは、大切なのは、夢を持ち、その夢を思い続けることだということ。こうなりたいと思ってがんばっていけば、必ず実現します。 イメージは『ウサギとカメ』のカメ、継続がなによりも重要です」 長期的視点に立つことは、人材育成だけではなく、顧客獲得のためにも必須。目前の結果や利益に左右されず、自分の本当の目的、また、顧客の将来の利便性を考えて行動することがいずれ大きなものとなって自分に返ってくると社長は言う。 「目先のことばかり考えるようでは人も会社も成長しないということです」 そういう同社が求める人材とは、「個性を大切に持つ人、自分からどんどん動ける人。当社は車についてのあらゆることを扱っていますから、個性や可能性を活かせる場も多いと思いますよ。今も、社員それぞれが目標に向かって自由に取り組んでいます。平均年齢は32歳、若い人が活躍している会社です」